カウベル母娘の「庭めぐり旅日記」
第5話 シネマで巡る郷愁への旅路。
(その2) 第三の男


☆  これはもう銀幕に織りなす光と影のアート。

銀幕に織りなす光と影のアート。


さすが街の中学には映画に詳しい奴がいた。
私はすぐに仲良しになり、彼から得る情報をもとに相変わらず映画館に通いつづけた。学校の放課後に通ったところは岡映(現シンフォニービル)とかセントラル(現福武ジョリービル)チトセ(現中央会館トポスがあった場所)といった、今思い出すと懐かしい洋画専門の映画館だった。
その頃見た印象に残る作品がモノクロのこの映画だった。

少年の頃、これは単なるミステリーサスペンス映画で、深く意味を解さず特に感動した記憶はありませんでした。
ところが、それから数十年を経てあらためてこの作品を見なおした時の感動は忘れられないものになったのです。

第2次世界大戦後のヨーロッパはウィーンの混沌とした世相を背景に、男同士の友情と裏切り、男女の愛憎などが、民族楽器チターの哀愁を帯びた音色と共に見事に演出されて、特に光と影と斜めの構図はまるでアートの世界だった。

あらすじを略記しますと、親友ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)の招きで米国からウィーンにやって来たホリー・マーティンス(ジョセフ・コットン)を待っていたのはハリーの死だった。

ハリーを愛するアンナ。

その死に立ち会っていた謎の「第三の男」をめぐって物語は緊迫を増してゆきます。
ある夜、ホリーが誰かに尾行されているのに気付いてふり向くと、二階の窓から漏れた一条の光に照らされて闇に浮かび上がる顔は、死んだ筈のハリーの不敵な笑みだった。
衝撃的なこのシーンは、数多い名場面の中でも鳥肌がたつほど見事な演出でしたね。


☆  ハリーを愛する気丈な女性。

ウィーンに亡命して貧困と戦いながらも気丈に生きるハリーの愛人アンナ・シュミット。
愛するがゆえに悪に手を染めたハリーを哀れんで、同情をよせる健気な心の女性を演じたアリダ・ヴァリの演技は心をうちます。

ハリーとホリーという対照的なキャラクターの男が登場しますが、アンナの飼っている子猫が一方にはなつかず、一方にはよくなついたという設定は、性格の優しい人間を見抜く猫を登場させて、名演技をさせるところなど憎いほどの演出です。

大観覧車の密会。

☆  大観覧車の密会。

ウィーンの東方にあるプラター公園の大観覧車の中で、ハリーとホリーは初めて密会をする。ハリーは「悪」の哲学を説いてホリーを仲間に誘います。
ここでホリーは信じていた友の本性に気付きギクリとして思わず観覧車の窓枠にしがみつく場面です。
応諾しないホリーに向かってハリーは

「イタリアはボルジア統治のあいだ血の雨が降り続いたが、ミケランジェロやダヴィンチも輩出した。ところがスイスは同胞愛、500年の民主主義と平和が生んだのはクッククロック(鳩時計)!」

と言い残して去ってゆく。
ここも名場面ですが、この場面のセリフはオーソン・ウェルズの自作で当時34歳だった。

☆  カフェ・モーツアルト。

カフェ・モーツァルト。


 この作品の見どころは沢山あるから何度みても見飽きない。
一つ一つの場面に監督キャロル・リードのこだわりのある演出を見るたびに感じ取ることができるのです。
最初のほうでホリーがハリーの知人と落ち合う場所や、最後にハリーをおびき出す場面に使われた場所がこのカフェである。
ウィーンで由緒あるこのカフェは、15年ほど前、日本の三越が買収しブティックに変える計画があったが、地元の反対でしばらく休業していたそうで、その後どうなったかが気になって最近のガイドブックを調べると、カフェとして往時の面影を残しているようだ。
因みに15年前にはウィーン市内約2時間の「第三の男ツアー」というのがあって、毎日20人ほどの熱心なこの映画フアンをガイドが撮影現場に案内していたそうだが、さすがに最近のガイドブックを見ても「第三の男」ツアーという案内はどこにも出てこない。
いやはやもう半世紀以上も前の話で、この映画を知る人もめっきり減って、実に古くさいわけだよね。


☆  ウィーンのカフェ。

ウィーンのカフェ。



ガイドブックによるとウィーンにはやたらカフェが多い。

ウィーンっ子たちはカフェを<もう一つの自分の居間>と考えて利用する伝統があるようだ。
ウィーンのカフェ誕生はヨーロッパで一番古く、約300年以上は前のこと。
写真は230年の伝統を誇る<カフェ・ツェントラル>。

圧倒的に賑わいをみせた19世紀末には、文学者、芸術家、政治家が集い論議を闘わせた場所だ。
宮殿の一部だった柱や天井は往時のままだそうだ。
戦後貧困の時代に登場したアンナと同じスラブ系の風貌をしたこの写真の女性の表情は明るい。



☆  楽聖が眠る中央墓地。


チターの音色が懐かしいこの映画の舞台ウィーンは音楽の都だった。
600年余、ヨーロッパに君臨したハプスブルグ帝国は今から90年前に終焉し、ハプスブルグ家の遺産はウィーンに観光客を呼び寄せるのに一役を買っているし、そのお陰で美しい庭園が市内の随所に散在しているそうだ。

楽聖が眠る中央墓地。

当時ヨーロッパでブームだったというガーデニングはどんな形の庭園をこの街に残しているのか?大変興味をそそられるが、ガイドブックを見てもウィーンの庭園についての写真や案内をあまり見ない。
ヨーロッパにゆくことがあれば訪れてみたいところである。
市内の南方にはオーストリア最大の中央墓地があり、今年生誕250年を迎えたモーツアルトの記念碑や、ウィーンで活躍したベートーヴェンやシューベルトもここに眠っている。
写真はブラームス(右)とヨハンシュトラウスの墓が並んでいる中央墓地の一角。
光と影が美しいウィーンの昼下がりである。

☆  枯葉の舞う晩秋の並木道、郷愁をそそるそのラストシーン。


ハリーは水で薄めたペニシリンで荒稼ぎをする死の闇商人だった。
ホリーは正義感とハリーの愛人だったアンナへの恋心から、ついに英国軍警察キャロウエイ少佐(トレヴァー・ハワード)の指示で友人をおびき出すおとりになる。現れたハリーは地下水道に追い詰められてホリーに撃たれて死ぬ。
ハリーの死後、アンナはホリーに向かって、

郷愁をそそるラストシーン。


彼を愛した私たちは彼に何をしてあげられたの、何を...。 裏切り者の顔を鏡で見るといいわ。正直で繊細で無害なホリー・マーティンス、ホリーなんてバカっぽい。」

となじる。
有名なラストシーンはセリフなしで約1分半、アントンカラスのチター<ウィーンのたそがれ>が余情をたっぷりに奏でてくれる。
ハリーを埋葬したあと、中央墓地にある晩秋の並木路をアンナはホリーに見向きもせず歩き去ってゆく。

私はこのラストシーンをかねてから絵に描いてみたいと思っていました。
構図の基本となる線遠近法のなかの一点透視図法にもってこいの情景だと思って試みましたが実はとても難しい対象でした。

第3回カンヌ映画祭のグランプリに輝いたこの映画、半世紀以上が過ぎた今でも色褪せてないと思うのは私だけでせうか?
それではまた。


(第5話の参考図書)
朝日新聞社 世界シネマの旅2
講談社   20世紀シネマ館
講談社   地球旅行




(その1) カサブランカ (その2) 第三の男 (その3) ローマの休日

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カウベルさん、モグラも岡映・セントラル・チトセが分かる世代です。
ところが残念ながら「第三の男」は見逃してしまって。今日にでも、レンタルを借りて来よっと!
ここのところ忙しかったから“チター”でも聞いて、ちった〜ノンビリするか。(^_^;) (モグラ)


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