河井 酔茗(かわい すいめい)
              本名 又平(またへい)


明治7〜昭和40(1874〜1965)
詩人。大阪府堺市に生まれる。
東京専門学校中退。「文庫」の詩欄を担当し、いわゆる文庫派詩人を形成した。のちに詩草社を設立し、口語詩運動に寄与した。代表作に『無弦弓』『塔影』等がある。
   ゆずり葉
                       河井 酔茗

子供たちよ
これは譲り葉の木です。
この譲り葉は
新しい葉が出来ると
入り代ってふるい葉が落ちてしまうのです。

こんなに厚い葉
こんなに大きい葉でも
新しい葉が出来ると無造作に落ちる
新しい葉にいのちを譲って――。

子供たちよ
お前たちは何を欲しがらないでも
凡てのものがお前たちに譲られるのです。
太陽の廻るかぎり
譲られるものは絶えません。

輝ける大都会も
そっくりお前たちが譲り受けるのです。
読みきれないほどの書物も
みんなお前たちの手に受取るのです。
幸福なる子供たちよ
お前たちの手はまだ小さいけれど――。

世のお父さん、お母さんたちは
何一つ持ってゆかない。
みんなお前たちに譲ってゆくために
いのちあるもの、よいもの、美しいものを、
一生懸命に造っています。

今、お前たちは気が附かないけれど
ひとりでにいのちは延びる。
鳥のようにうたい、花のように笑っている間に
気が附いてきます。

そしたら子供たちよ、
もう一度譲り葉の木の下に立って
譲り葉を見る時が来るでしょう。