英国縦断庭めぐりツアー(スコットランド〜湖水地方〜コッツウォルズ) Vol.7
『ビーチグローブ ガーデン』 (Beechgrove Garden)
イギリス諸島は、もともとヨーロッパ大陸の一部でした。1万年余り前まで、大陸からほぼ全域に氷河がおよんでいたのですが、第三紀、北海やアイリッシュ海が陥没してできたのがブリテン島です。 “スコットランド”や“湖水地方”では、山を越えるたびに湖が現れ、切り立った渓谷と草原が織りなす景観が車窓に拡がります。 これぞ氷河期が産んだ“自然の芸術”と言うべきでしょうか。 スコットランドは緑豊かな美しい国ですが、意外と森林が少なく、ほとんどが放牧地になっています。かつてイギリス全土を覆っていた森林は徐々に削られ、今は国土の9%足らずになってしまいました。でも最近は自然保護運動が盛んで、ナショナルトラスト(NT)には百万人以上の人が参加しています。 ツアー4日目、素晴らしい2つのお庭を拝見し、涼しかったスコットランドからイングランドへと向かいます。いたるところで羊や牛、馬が放牧され、ヒースが生い茂る荒涼とした丘が続き、その向こうにはそれほど高くないけど、山がそびえ立っています。(「↑モファット(moffat)村の手前にて」左側の山、茶色の部分は“ヒース”で覆われています。8月になると山全体が、白色、ピンク、深紅色、紫色などに染まります。手前の牧草地に点々と白く見えるのは羊の群れ。これから“ホワイトクーム山(821m)”の麓を通り、湖水地方に向かいます。) |
素晴らしかった“マレニーガーデン”に後ろ髪を引かれながらも、湖水地方へと向かいましょう。通常なら、フリーウェイA702からM74と、高速道路を走る筈なのですが、バスは、どんどんと山に向かって一般道を走っていきます。(「スコットランドらしい、山道を通りますよ〜。」と聞いてはいたものの、何だか変!この驚きは、乙姫さんのレポートから引用させて貰いましょう) 町並みがどこも整っていてきれい。まるで『白川郷』がいたる所に有るみたい。住宅街の中でバスは急にストップしました。ん?対向に大型車か?と思っていたら… |
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予定には入れずにビックリさせようとガイドの古川氏の『隠し球』のお庭でした。外から見てもカラフル!可愛い!すご〜い!ベルを鳴らしてみてもお留守の様子。残念!と思っていたら[GARDEN OPEN]の看板と矢印が。庭はもちろんのこと、矢印に導かれてバックヤードやキッチンガーデンも拝見。おまけに裏の裏にあるいろんな花が野生化?と思えるほどワイルドに咲いている庭。中にバナナベンチがある鳥の巣の様な形のトピアリーもあって、すごく得した気分でウキウキ、ホワホワ幸せでした。 | |
そうなのです。予定に入ってなかった“ビーチグローブ ガーデン”だったのです。「この時期は、きっと綺麗に咲いている筈!」と古川さんが、ドライバーのマーチンさんと二人で捜しながら走ってくれたのです。その予感が的中、それはそれは見事に咲き誇っていました。 エジンバラから24マイル(約40km) のブロートン(Broughton)は、僅か139世帯の小さな、小さな村でした。滅多に大型バスなど停まらないのでしょうか?村の人達が集まってきました。 |
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聞くところによると、ビーチグローブガーデンは、40年以上も前に作られたそうです。そして毎年、40年間に渡り5月〜10月までオープンガーデンされています。見事な“花時計”をはじめ、5,000種類を越える珍しい植物が多彩にディスプレイされ、美しく絨毯のような芝生が私達を迎え入れてくれました。 ビーチグローブガーデンは、一般に開放され、入場ゲートに置かれた「honesty box(正直箱?)」で、チャリティが出来る仕組みです。 私達も、もちろんチャリティさせて頂きました。 |
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この庭の創始者は「トム・シェアラー氏」。 トムは愛称で、正式にはThomas Shearerさん(76歳)と言われる方です。(Sheareさんと書いてあったので、羊毛を刈る職業か?と思いきや、本名でした。) トムは、1950年代から1993年までスコットランド農業大学の園芸アドバイザーを勤め、1973年からの20年間は、王立植物試験官の要職も経験されています。 1960年代、トムは荒れ果てたこの土地を手に入れ、庭作りに着手しました。 |
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それから25年、庭を作るため彼は辛抱強く働きました。それこそ早朝から勤務を終え帰宅した後も深夜まで、ガーデニングに長い時間をかけました。そして今はスコットランドのみならず、こうして日本からも訪れるほど有名になったのです。 これほど有名になったにもかかわらず、トムは“庭を見て頂くこと”を最高の楽しみにし、入場料金は設定していません。かわりに、ビジターにチャリティーの機会を提供しているのです。 |
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積もり積もったチャリティ総額は、4万ポンドにのぼりました。これらの功績が認められ、1994年には、Royal Caledonian Medalを、さらに今年(2004年)1月には、“MBE in The Queen's New Year's”を受賞しています。 彼の素晴らしい功績は、ガーデニングによって、この中山間地に活性化をもたらせたことでしょう。今も、多くの村々から、彼に助言を求めて訪れるそうです。 (この項はPeeblesshire NEWSを参考にしました。)(インターネットって、ほんとに便利ですね。何の手がかりもなかったのですが、ネット検索でこんな麗しいドラマに遭遇できました。連れてきてくれた古川さんに感謝します。m(_ _)m) |
乙姫さんが言う“ワイルド・フラワー・ガーデン”に、ロベリア、プリムラビアリーが元気に咲いています。あっ、メコノプシス・ベトちゃんも! |
バックヤードに、キッチンガーデンとナーセリーがありました。庭の植物たちも元気なら、バックヤードもみんな元気。↑(^^_)ルン♪ うれしさのあまり、スキップする人もいましたっけ! |
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「紅花インゲン」…心なしか色鮮やか |
“エリンジューム・アルピナム(Eryngium alpinum)” |
巻頭コラム“スコットランド”から“イングランド”へ!と右の写真は、ブロートン村からM74に向かう途中のモファット(Moffat)村です。私達は、スコットランド最後のショッピングをモファットで楽しみました。 さすが羊毛の町ですね。羊の銅像が町の“中心広場”を飾っていました。 M74を一路南下、Ecclefechan(例の喉を鳴らし唾が飛ぶ難しい発音です。モグラは表記も出来ません。)を抜け、左手に“チェビオット丘陵”を眺めながら、今日の目的地“ボウネス/ウィンダミア”に向かいます。(余談ですが、めん羊に「チェビオット種(Cheviot種)」という品種があります。イングランドとスコットランドの境界のチェビオット丘陵が原産なのです。) |
ところで、スコットランドとイングランドって、意外に仲が悪いんですよね。悪いのも当たりまえ、古代ローマ軍団がブリテン島から引き上げた後も、イングランドとスコットランドの国境紛争は絶え間無く続きました。1296年、イングランド王“エドワード1世”が大軍を率いて北進し、スコットランドを制圧しました。この時、歴代のスコットランド王が戴冠してきた『スクーンの石』を戦利品としてロンドンに持ち帰ったのです。翌年、エドワード王は“スクーンの石”をはめ込んだ椅子を作らせ、ウエストミンスター寺院に置きました。なんと、その椅子をイングランド王の戴冠式用にしたのです。言ってみれば、スコットランドをお尻に敷いて、戴冠式が行われるということで、スコットランドにとっては屈辱と怨念の象徴となった椅子です。(覚えていますか〜今度はテストしますよ〜「運命の椅子は、今どこにあるんでしたっけ?」・・)・・“スクーンの石”は? スコットランドでは“ボリッジ”というオートミールのお粥やフスマのような朝食を食べます。 イングランドで発刊された辞書に“ボリッジ=スコットランドでは人間が食べ、イングランドでは馬が食べる”と書いていました。スコットランド人は烈火の如く怒り、早速反論。“だから、イングランドは馬が優秀で、スコットランドは人間が優秀なのだ”(モグラは二の句が接げませぬ。) |